2-1 ナレッジ・マネジメントの誕生

 

 大量生産・大量消費が通用した時代の経営では、生産設備や材料などのモノと労働力を、どれだけ多く所有しているかが重要でした。しかし、今や時代は終わり、社員の技術や創造力といった目に見えない「ナレッジ(Knowledge)」、すなわち「知」が何より大切な社会になったというのです。

 世界的なジャーナリストで未来学者のアルビン・トフラーは、今から20年も前にそのことを予言していました。いわく、コンピュータの出現に伴う情報革命は人類がこれまで経験してきた二つの革命、農業革命と産業革命に匹敵する「第三の波」であり、これまでの組織の在り方や権力の構造を根本から変えると論述しました。同じことを日本の堺屋太一氏も「工業社会から知価社会へ」という言葉で表現しています。

 もっとも、「そう言われても、あまりに抽象的でつかみどころがない」というのが、大方の感想かも知れません。そこで、もう少し具体的な話に落としてみますと、今日のナレッジ・マネジメントの隆盛は、IT革命と言われる情報技術の飛躍的な進歩に加えて、「ミドルの消滅」が直接的な引き金の一つになっています。


 ナレッジ・マネジメントに最初に火が点いたのは、90年代後半のアメリカでした。80年代に深刻な構造不況に陥ったアメリカの大企業は、90年前後に大胆なリストラを断行し、大量の首切りを行って組織をスリム化しました。同時に組織の階層を減らし、経営トップ層の下、それぞれの現場が一列に横並びになるフラットな組織に転換しました。

 この組織改革でリストラのターゲットになったのが部課長たち、いわゆる「ミドル」と呼ばれる中間管理層でした。ミドルはムダな存在であり、経営トップ層と現場スタッフのコミュニケーションを阻害している、ホワイトカラーの生産性を向上するためには真っ先に手を付けなければならない悪者である、とされたのです。実際、90年前後のアメリカでは大量のミドルが職を失いました。ちょうど今の日本とよく似ています。

 その結果、アメリカの大企業で何が起こったか。実は予想もしていなかった問題が発生してしまいました。本来、組織のフラット化は、ムダを省き、経営のスピードアップを可能にするはずでした。ところが実際には組織が活性化されるどころか、ミドルという潤滑油を失ったことで組織が機能しなくなってしまったのです。

 組織に不要とされ、リストラで退職を余儀なくされたミドルたちが、実は会社にとって重要な役割を果たしていた、彼らは組織運営になくてはならない「ナレッジ」を持ちそれを組織全体に浸透させる機能を持っていた・・・彼らを排除してみて、初めてそのことに気付かされたわけです。


 ここでいう「ナレッジ」とは、単なる「知識」というよりも「知恵」に近い概念で、仕事を運営する上でのノウハウやコツといった意味で使われています。普通、企業で社員が異動・退職する時には必ず「引き継ぎ」を行います。業務の内容や進捗を前任者が後任者に伝えるわけですが、型通りの報告はしても、仕事のコツやノウハウまでを引き継ぎするのは容易ではありません。

 実際には、組織のうち誰かがいなくなると、その人が持っていた情報やノウハウの大部分が組織から失われてしまう。後任者は、これまで前任者が積み重ねてきたものを、また一からやり直す、ということになってしまいます。知識社会を迎えた現代において、これはきわめて大きな損失です。


 そこでナレッジ・マネジメントです。組織の一人ひとりが持つ知恵を皆が共有する、さらには知恵を組織的に作り出していく・・・それがナレッジ・マネジメントの狙いです。斯界の第一人者である野中郁次郎教授は、こう定義しています。「組織的知識創造とは、組織構成員が創りだした知識を組織全体で製品やサービスあるいは業務システムに具現化することである」と。

 そこで忘れてならないのはナレッジ・マネジメントはただの管理ツールではなく「経営そのもの」であるということです。つまり導入することが目的でなく、ナレッジを創造して「競争優位であること」「利益をあげること」が目的です。

 そのためには、社員一人ひとりが持っているナレッジを、誰もが利用できる形で蓄積し、それを常に更新していく仕組みが必要です。そこではやはりITが有力なツールになります。一般的には、ナレッジを蓄積するデータベースと、そこから必要なナレッジを引き出すことのできる検索エンジンで仕組みを作ります。


 もっとも、こうしたシステムを作ること自体は資金さえあればできますが、実際の運用についてはまだまだ解決すべき課題が山積しています。仕組みは作ったものの社員がノウハウを公開したがらない、利用しない、忙しい人ほど敬遠する、など苦慮している企業が多いのも現状です。

 逆にいうと、ナレッジ・マネジメントの運用にいち早く成功した企業は、競合他社と大きく差別化できることになります。「知恵の時代」に飛躍するためのキップを手に入れるといってもいいでしょう。だからこそ、ナレッジ・マネジメントに大きな注目が集まっているのです。

 

2−2 ナレッジマネジメントの概要